ヘッドホン今昔~後編~

3.更なるハイエンドの登場

 これまでは価格の変動等はありましたが、それでも主要プレイヤーは概ね決まっていました。
 特にハイエンドの製品まで揃えているメーカーは、SennheiserBeyerdynamicAKGAudio-TechnicaUltrasone、といった辺りです。なおこの頃は、Sonyはハイエンドの機種が更新されておらず、ちょっと存在感を無くしていました。
 しかしここに、HifimanがHE-1000という、これまでの価格を大幅に超える約40万円の機種を投入します。
 HifimanはそれまでもHE-560やHE-6といった高価格帯の製品を出し、また定評を得られているメーカーではありました。
 しかし、その認識はあくまでガレージメーカー的なものであり、一部に大きな支持を得たりはしていても、それでも主流ではなかったと言ってよいです。
 それが、これまでずっとメインを張り続けていた大手メーカーですら出していなかった高級価格帯に、いきなり製品を発表した訳です。
 そして、そのHE-1000が極めて高い評価を受け、これまでからすれば常識外の値段でありながら市場に受け入れられました。
 更に、Hifimanと似たような立ち位置であったAudezeが続いてLCD-4を発売し、これもHE-1000とほぼ同価格帯ながらしっかりと市場に受け入れられました。
 加えて、MEZEのempyrean、Final Audio DesignのD-8000、kennertonのODINやTHROR(これは日本ではあまり有名ではないですが)等がやはり同価格帯で高い評価を持って受け入れられたと思います。
 因みに、Final Audio Designはそこまで新規メーカーという訳ではなかったのですが、それまでは良くも悪くもとがった商品ばかりで、非常に高級な機種はあってもどちらかと言えばキワモノ扱いされていました。
 しかし、このD-8000は極めて高く評価され、人によってはあらゆる形式を交えた機種の中でNo1と言う人も少なくなかったと思います。
 その為、これまでのイメージを払拭しハイエンドメーカーとして認識されたという点において、その他と似たようなメーカーだと思っています。
 このことは、市場に大きな認識の変化をもたらしたと私は考えています。
 すなわち、これまでガレージメーカーと捉えられていたメーカーがハイエンドを作るメーカーという認識への変化、そして、40万円前後からそれ以上という価格帯の発生です。一部では、スーパーハイエンドやウルトラハイエンドなどとも呼ばれているのを見たことがあります。
 なお、既に同価格帯にSR-009を発表していたSTAXはほぼ同じ価格でSR-009Sを発表し、これまでの特別枠と言う認識からこの新たなハイエンド帯のメーカーとして再認識されたと思います。
 これらの事象により、ハイエンドの界隈ではガラッと勢力図が入れ替わりました。加えて、この価格帯で平面磁界型が最初に成功したためか、殆どの機種が平面磁界型となっています。
 この価格帯で音質的に認められ市場に受け入れられたものは、ダイナミック型ではFocal Utopiaのみ、静電型ではSR-009、SR-009S位でしょう。
 一応Mr.Speakers(Dan Clark Ednie)のVOCE、HifimanのShanglira-Jrもありますが、音質はともかく売れているとは言い難い面があります。
 ヘッドホンアンプについては、G Ride Audioがこれまでよりも非常に高価(70万円オーバー)の機種を出しながらも万人受けしなかったためか、HPAの高価格帯に少し雲行きの怪しさが流れた時期も若干ありましたが、結局はその後に50万円オーバーの製品や100万円オーバーの製品などが続々登場しました。
 特に高価格帯の平面磁界型は、当初は非常に能率の低い機種が多く駆動が難しかった事に加え、一気に価格も上がったことからこれらの機種に相応しいアンプを、ということで花開いた感があります。
 最終的には、OJI Special BDI-DC44B、マス工房model406、Goldmund Telos Headphone Amplifier、Re-liefのE1等が並び立つ頂点として、100万円~200万円の機種として君臨することになります。
 また、これまであくまでヘッドホンやヘッドホンアンプに拘るだけだったものが、DACやプレイヤー全般、電源、ケーブルやインシュレーターといったトータルシステムでこだわる傾向が出始めたのもこの頃だと思います。ヘッドホンのリケーブルもだいぶ一般的になりましたしね。
 イヤホン界隈では、これまであくまでイヤホンはヘッドホンのサブ、あるいはヘッドホンが使えないシーンで使うものという認識から脱却し、イヤホン自体が主役である世界が作られます。
 高級イヤホンの登場はさることながら、カスタムIEMといったオーダーメイドの市場、高級モバイルアンプや高級DAPの登場など、完全にヘッドホン(据え置き機)とは枝分かれし独自の進化を遂げていく事となります。
 ただ、全体を概略すれば、更なる高価格化が進み、クオリティも概ね比例して上がったと言って良いと思います。
 ヘッドホンブーム初期のころと比べれば、ざっくりハイエンドの価格帯が10倍程度上がった感じです。但し、じゃあ下の価格帯に変化があったかといえば、そこはあまり大きな変化はありませんでした。
 もちろんモデルチェンジ等は行われていますが、そのほとんどがマイナーチェンジレベルで、基本的には同クオリティという所でしょう。

 

4.そして現在に至る

 さて、これらの後の動きはまあ大体殆どの人が知っていると思いますので、簡単に。
 ヘッドホン界隈はよく言えば安定、悪く言えば停滞のような雰囲気です。以前ほどの熱量が市場にあるようには見えず、ウェブ上で情報発信している人も明らかに減ったように思います。
 しかしながら、MSBやOCTAVEの参戦などスピーカーの世界のハイエンドメーカーの参入、発音帯にリボン型を使った新しい駆動方式のヘッドホンの登場など、大きな動きもまだそこそこあります。
 ただ世界的な原材料価格の高等、流通の停滞等の影響を受けて、価格帯は更なる上昇傾向といったところでしょうか。
 最近ではハイエンド帯の新機種も色々と出ていますが、やはり全般的に金額は上昇傾向で、ヘッドホンのハイエンドは50万円~60万円程度になっていきそうな雰囲気です。
 メーカー側もその分のクオリティ向上を図ろうとしているようには見えますが、私が現状で全く聞けていないのでどの程度の音質に達しているかは不明です。ただ、情報収集した感じだと概ね期待していいのではないかと感じています。
 ヘッドホンアンプはこれまでは一応50万円超であればハイエンドと言われていたと思うのですが、これが100万円前後に移行しそうな雰囲気を感じます。

 イヤホンの世界はもう全くついていけていないのですが、多くのメーカーが登場し非常に高価な機種も多々発表、発売されています。
 但し、モバイルアンプやモバイルDACはあまり発展せず、高級DAPとして全てをまとめるという傾向にあるようです。モバイルとして考えれば理にかなった傾向ではあります。
 モバイルアンプやモバイルDACがあまり発展しなかったのは、一説にはCHORDが一強過ぎる、というのも目にしましたが真偽は定かではありません。但し巷の評価を見ていると、当たらずとも遠からずなのではないかな、と思っています。
 もはやヘッドホンより高価なイヤホンも珍しい存在ではなく、現状ではヘッドホンよりも明らかに熱気がある市場になっていると思います。
 ただ傍から見ているだけで印象論でしかないのですが、ちょっとバブル的な要素も見え隠れするように感じる面があります(これはまあヘッドホンも同じかもしれませんが)。
 ある程度余裕が出来たら、イヤホンでそこそこの機種を買ってみてどういう感じになっているのか確認してみたいとは思っています。
 個人的にカナル型の装着感がどうしても駄目で(これは装着感が良いとされる機種でも無理でした)、大して使わなくなるだろうことが目に見えているためにあまり気が進まないのですが。
 もう一つ大きな違いといえば完全ワイヤレスの登場でしょうが、こちらはまだ音質追及という観点ではなく、あくまで利便性の向上という観点でしょう。
 完全ワイヤレスだと送受信のための機構、DAC、アンプ、および全てを駆動する為のバッテリをイヤホン内に納めなければなりませんから、こちらはしばらくは厳しいままでしょう。
 そもそも数十万円する高級DAPですら、バッテリーや積載スペースの問題で据え置きには分が悪いと言われるのですから、ましてやあれだけ小さい筐体だと出来ることは非常に限られるでしょう。
 データが非可逆圧縮で無くなるのには大して時間はかからないと思いますが、その先はよほどのブレイクスルーが無い限り、音質追及という観点(つまり完全ワイヤレスの方が音質的にメリットがある)では難しいでしょう。

 さて、現状で観察する限り、更なるハイクオリティの追及、そしてそれに伴うハイエンドの高価格化は未だ続いていきそうな雰囲気です。
 恐らく次世代機が出そろう頃には、概ねハイエンドのヘッドホンが60万円前後、ヘッドホンアンプのハイエンドが200万円オーバー、セカンドベストが100万円前後程度になるのではないかと予想しています。
 それは、非常に高額になり一般人とはもはや無縁の存在となったハイエンドスピーカーオーディオの世界を、時間を置いて追っているようにも見えます。
 既に一部ですが500万円超え(Sennheizer HE-1、Hifiman Shangri-la等)の超高級のヘッドホンシステムは存在しています。
 もっともこれらはどちらかといえば価格ありきの製品であまり中身が伴っているようには見受けられない、有体に言えばラグジュアリー的な要素を持った特殊な機種と考えることもできます(実際音質の評価もあまり芳しくなかった)。
 ですが、Warwick Acoustic(旧Sonoma Acoustic)のフラッグシップであるAperioは、完全に音質追及型のヘッドホンシステムで300万円を優に超える(多分最近値上がりした)、非常に高額な機種も既に存在しています。
 また、ヘッドホンでもAbyss AB1266 TCの様に100万円を超えるような機種も存在していますし、やはりいずれスピーカーの世界を追うようにに高価格化していくのではないでしょうか。
 それが今のスピーカーのスーパーハイエンドのようにトータルで見れば億が必要のような非現実な世界に着地するのか、それとももう少し現実的な価格に着地するかは不明です。それが良い事なのか、悪い事なのかも。

 

 さて、ざっくりと2006年ころから現在までを振り返ってみました。
 今の所私は、そろそろ音質追及で前線にいるのは無理になるだろうな、と予測しています。金銭的な意味でも、価値観的な意味でも、これ以上はちょっと厳しいです。
 けれど、それでやれることが減るかと言えば全くそんなことはなく、むしろやりたいことは以前よりもかなり増えてます。以前よりも多様な楽しみ方を見つけた、と言ってもいいかもしれません。

 今後は、自分に合った楽しみ方を見つけないと、本当に凄い額のお金が飛んでいくことになる事だけは間違いないと思います。
 2006年頃なら、どれだけお金を突っ込んでもシステムトータルで100万円を超えることはそうそうありませんでしたが、現在なら一つの機種に限ってすら100万円では買えないものがある状況ですしね。

 とにもかくにも、自分のやりたい事、やれることに関して、自分としてのスタンスを維持して取り組んでいきたいと思う所です。