思い出話 Grace Design m902について ~その1~

 ヘッドホンがブームになり、現在ではヘッドホンにしろヘッドホンアンプにしろ様々な機種があるわけですが。今回はブーム初期に非常に評価の高かったGrace Design m902について話してみたいと思います。
 と言いましても、実は私はm902は所有したことが無く、所有したことがあるのはm904です(これは現在も所有)。
 この2機種はヘッドホンアンプ部の回路は完全に同じだと言われていますが、機器として構成が違うので全体的には電源部も異なっているでしょうし、筐体も大きく違うので全く同じ音であるとは言えないと思います。
 ですがまあ、それでもメインの回路が同じである以上似通った音質になっていると思いますし、当時の一般的な評価を考えてもそう判断して大丈夫だと思います。

 当時m902は約20万円程度であり、そもそもヘッドホンアンプを使うという事がまだまだ一般的ではなく、ハイクラスのHPAしかも単機能の機種が10万円前後が主流という状況でしたから、他とは一線を画する高価な機種でした。
 更に業務用機器でありピュアオーディオ的にはあまり知られてないメーカーであった事、DAC複合のヘッドホンアンプがまだ一般的でなかった事、USBDAC自体もまだ殆ど無かったこと、そもそもヘッドホンオーディオ界隈で単体DACを使う人は希少だった事などを考えれば、あそこまで注目されるのは本当に異例なことだったと思います。
 裏返せば、いくつかの偶然が重なった事もあるとは思いますが、それだけ異例な機種であったとしても、なお人を惹きつける程の音質を誇っていたという事でもあると思います。

 

 その理由は何かと言う事を考えた時に、その答えはいくつもあるでしょう。
 業務用機器として作られていたために脚色や色付けを殆ど行わない機種であり、中庸な音として多くの人に受け入れられやすかった事。
 音楽をモニターする為に考えられた音質であった為に、分解能に優れ性能の高さを分かりやすく体感できたこと。
 価格性能比がよりシビアに判断される業務用機器、それも高級ラインであった為に、当時の20万円クラスの機器として非常に高い実力があった事。
 極めて実用的かつ操作性に優れたデザインで、元々持っている機能の多さと相まって、音質だけでなく使い勝手にも優れていた事。

 そういった諸々の理由は有りますが、それに加えて私は「非常に駆動力が高かった事」が大きな要因の一つだと考えています。
 どういうことかと言いますとまあその言葉の通りなのですが、この機種は本当に駆動力が高いのです。それは低能率のヘッドホンでもしっかりと音量を取れるという意味でもそうですし、駆動が難しいヘッドホンをしっかりとドライブ出来るという意味でもそうです。
 どれくらい高いかと言うと、「Hifiman HE-6でも普通に駆動出来る」と言えば分かる人も多いのではないでしょうか。

 HE-6は本当に能率が低く、生半可なヘッドホンアンプではそもそも満足な音量を取れませんし、しっかりとドライブするのも難しい機種です。
 m902よりもかなり後に発売された、駆動力を売りにした30万円超の単体ヘッドホンアンプですら、HE-6を試聴に持ち込むと嫌な顔をされたというエピソードがあった位です。
 因みに言えば、私の所有機種だとマス工房のmodel370CPでも音源によっては音量が足りなくなる程で、人によっては「悪夢のように難しい」までと言わしめた事も納得です。
 私はHE-6も所有しているのですが、実際にm904で駆動して殆ど不満を覚えた事は有りませんし、録音レベルが低い音源でも音量が足りないと思った事もありません。もちろん、ここまで駆動が難しいヘッドホンでも鳴らせるのですから、他のヘッドホンを繋いでも充分に楽しめたのは言うまでもありません。

 m902やm904は現代のヘッドホンアンプと比較すればやはり基礎性能では厳しくなっている部分もありますが、それでも癖のない音質や高い分解能等は一定の評価を得られるレベルだと思いますし、駆動力に関しては未だに上位クラスに属していると思っています。
 こういった特性があるので、当時どんな人がどんな機種を繋いでも、常に安定して駆動してくれていたのでしょう。
 確かに別格レベルに高価な機種では有りましたが、この駆動力でどんなヘッドホンでもしっかり鳴らして見せたからこそ、多くの人に評価されまた最高のヘッドホンアンプとして定着したのでしょう。