HD650 DMaaとHD660Sの比較

 今回は私が所有しているHD650 DMaaとHD660 Sの比較をしようという、非常にニッチな企画です。

 そもそもHD650 DMaaとは何ぞやという話ですが、一時期話題となったHD650のカスタム品です。
 DMaaというのがカスタムを請け負う工房の名前の頭文字で、ハウジングの共振をコントロール(主に抑える方向性)することでチューニングしていたようです。
 以前はYahooオークション上で普通にチューニングサービスが出品されており、HD650所有者なら誰でも申し込むことが出来たのですが、現在は出品されていない事に加えて件の工房との連絡すら取れなくなっているようです。
 その為か、HD650DMaaカスタムは中古市場では高めの価格で取引きされています。
 今回はHD650 DMaaとHD650の後継機種であるHD660Sを比較することで、HD650 DMaaが現在どのような立ち位置にあるのかを私の視点から述べたいと思います。
 なお私のHD650は2006年初頭に購入したもので、これがGolden Eraと呼ばれる最も音が良い時期とされている物なのかは知りません。
 あくまで、2014年のマイナーチェンジ以前のモデル、と捉えてもらえればと思います。

 なお、両者を鳴らしている環境は、PC > Prism Sound Lyra2 > Lavry DA-N5 > XI Audio Formula Sです。両者をなるべく同じ環境で比較するために、ケーブルはどちらにもHD660Sの純正を使用しています。

 

【帯域バランス】
 帯域バランスはHD650 DMaaはやや低域寄り、HD660 Sはほぼフラット。低域、高域への伸びは同程度です。
 低域の量感はHD650 DMaaの方が多く、高域の量感はHD660 Sのほうが多いです。中域については同程度です。

 

【音場】
 音場は明らかにHD660 Sの方が左右に広いです。上下や奥行きについては概ね同程度ですが、若干HD660 Sの方が良いでしょうか。
 定位の明確さについては両方ともほぼ違いは有りません。

 

【分解能】
 音の分離に関しては、若干HD660 Sの方が良いです。基礎性能としてはあまり変わらないように感じますが、後述する音の輪郭の関係でHD660 Sの方が聞き分けやすいです。
 情報量については僅かにHD650 DMaaの方が多いように感じますが誤差レベルだと思います。
 音の輪郭についてはHD650 DMaaはあまり強く描写しませんが、HD660 Sはかなりくっきりと描写します。
 個人的にはこの輪郭が両者を比べた上で最大の違いだと感じました。
 総じて、分解能についてはほぼ互角と言えるレベルです。

 

【音色の描写】
 音色の描写に関しては、各帯域で違いはあるもののトータルで見ればほぼ同レベルかなと思います。
 低域の質感に関しては明らかにHD660 Sの方が進歩しており、量感こそ少ないものの実体感の点で優位です。
 中域に関してはほぼ互角~HD650 DMaaがやや優位だと思いますが、それ以外にも若干の傾向の違いが出てくる印象です。
 あえて言うなら、落ち着きのある音色がHD650 DMaa、やや派手な描写をするのがHD660 Sという感じでしょうか。さらに言えば、HD660 Sは前述の輪郭の強調が若干不自然さにつながっているように感じます。
 また、クリアネスを重視した代償なのか、HD660 Sの方に若干の情報の欠落があるように感じますが、大きな差ではありません。
 高域の質感についてもほぼ互角ですが、量感ではHD660 Sの方が多いです。

 

【総評】
 基本的には両者とも似た音を出す機種だと思います。HD650無印からの変化としては、両者ともに同傾向となる変化です。すなわち低域の質の改善、音場の改善、分解能の向上、音の曇りあるいは濁りの改善等です。
 ですが、実際に聴き比べて見るとやはり違う傾向があり、その中でも特に大きな違いと感じたのは、輪郭の描写の違い、低域の質感の違いです。
 HD650比でいえば、元々のキャラクターを残しつつも最大限音質を改善しようとしたのがHD650 DMaa、キャラクターの変更を厭わずに欠点を潰したのがHD660 Sという感じでしょうか。
 HD660 Sは一つ一つの変化はそこまで劇的ではないのですが、それら変化が積み重なった結果としてトータルで受ける印象は結構変わります。
 但しこれらはあくまでHD650とその後継機という機種の括りで比較すればと言う話であって、他のヘッドホンも含めて考えれば先にも述べた通りよく似た音を出す機種と言える範疇だと思われます。

 では最終的に、個人的な見解としてHD650 DMaaを今から中古で買う価値はあるか?という話と、加えてHD660 Sについても述べたいと思います。

 まず、以前のHD650の音質傾向が好きで、なるべくこのキャラクターは崩さないまま欠点を改善したいと考えるならばその価値はあるでしょう。
 但し、その価格はHD650の中古相場のせいぜい2割増し位までが適正な範囲で、それ以上の価格差となると割高だと言って良いと思います。
  Golden Era MeisterKlasse DMaaについては聴いたことが無いのでその価値は判断できません。
 私の意見としては、HD650 DMaaは極端なプレミア価格を受入れてでも買うべき機種かと問われればノーです。
 HD650がフラッグシップとして君臨し名実ともにトップレベルの機種であった時期ならばともかく、現状ではより音質を進歩させた機種も多く販売されているのですから態々これに拘る必要はありません。

 次にHD660 Sについてですが、HD650の音があまり好きではない、あるいは不満が大きくその欠点を改善したモデルが欲しい、という方には向いているでしょう。
 逆にHD650を好きだった人は、一度試聴してみてそのキャラクターが受け入れられるかを確かめた方が良いと思います。
 特に輪郭の描写の差から受ける印象の違いは、人によってはかなり差を感じる可能性があります。

 

 そして、より私個人の印象論に偏ってしまうのですが敢えて書いておきたい事として。
 HD650やHD650 DMaaは現在のトップレベルのフラッグシップの機種(例えばFocal UtopiaやFinal D8000等)と比べれば、基礎性能の差は歴然としてあります。
 ですがそれでもフラッグシップに通じる音質であり、現状では力不足なものの確かに当時はフラッグシップだったのだな、と感じる音質です。
 一方でHD660 Sは名実ともにミドルクラスとして再定義された音であり、その延長線上にフラッグシップがあるとは言えない音質だと感じています。
 両方を聴き比べてみれば一つ一つの差はそこまで大きくありませんし、全体としての差も大きな差では無い、むしろHD660 Sの方が基礎性能は高い部分もあるはずなのですが、私はその印象がぬぐいがたく残ります。

 私がそう感じる一番の理由は音楽を鳴らしていて余裕があるかどうか、という点だと考えています。
 この余裕という要素は一体何が作用しているのかという事は、未だ具体的には分かっていないのですが、DACならPrism Sound Lyra2には無くLavry DA-N5にある要素であり、プリアンプで言えばGrace Design M904には無くてCHORD Indigoにはある要素です。
 単純にHD650がゆったりとした(あるいはまったりとした)音質なだけではないか、と思う方もいるかもしれませんがそれとも違う要素です。と言いますか、HD650もDMaaもしっかりと駆動できていれば、巷でいわれているほど緩い音は鳴らさないです。
 話を戻して、何と言いますかHD660Sはとても頑張って音を出しているというか、必死感が端々に感じられてしまうのです。
 また、HD660Sが基礎性能よりも第一印象重視のような、一聴したときの印象が良くなるような音質(悪く言えばはったり気味の音質)だと感じられてしまうのも、要因の一つかもしれません。ここは、特に輪郭の強調が悪い影響を及ぼしているように感じます。

 なお余談ですが、某所で「HD650は何とか高級機としてデザインを頑張った努力が認められるが、HD660Sは取り合えずブラックにしておけば良いだろうという風に投げやり感がある」という意見を見てびっくりしました。
 HD650は発売された当初から、とてもこれが4万5千円(並行品の価格が当時それくらいだった)とは思えない程安っぽい、というのが概ね共通認識だったように思います。
 音質追及に全振り、デザイン性なんてどこ吹く風、という感じで、当時もう少し低価格帯で人気だった同社のHD25-1共々、その外観について散々揶揄されていたものです。
 ですので、HD650やDMaaを探す際は、HD660Sよりも高級感があるなどとは間違っても期待しない方が良いです。
 私自身の感想は、好みの差はあるにしろどっちもどっちで同じように安っぽく、デザインを気にする人は最初から選択肢に入れてはいけないレベル、という感想です。