AKG N90Q LEレビュー

AKGのフラッグシップクラスの機種なのに、様々な機能がてんこ盛りで微妙に色物系の匂いがするヘッドホンです。定価は17万8千円。 最初にニュースを見たときに、「興味を持つ人は多くても買う人は少ないだろうな」と思ったのですが、やはり案の定で殆ど話題になることはありませんでした。海外ではハーマンインターナショナルの公式webショップで300ドルで投げ売りされていたようなので、恐らくハーマンやAKGでも失敗作扱いなのでしょう。現在ではディスコンであり、次機種の話なども無いために恐らくこのラインの製品は当分出ないものと思われます。 なお余談ですが、確かな情報かは分からないもののオーストリアAKG自体が既に廃業しているという事なので、今後AKGのヘッドホンは変わっていくのかもしれません。 私が探した際はハーマン公式の物は既に売り切れだったのですが、それでも送料・関税込みで475ドルほどで買えるところを見つけたために購入しました。  

【基本情報】 AKGのNラインのフラッグシップで、最大の目玉はオートキャリブレーション機能でしょう。ノイズキャンセリング機能の為に内蔵されたマイクを使い、装着者の耳の形を音で測定し最適なキャリブレーションを施すというもの。 その他にも先に上げたノイズキャンセリング機能、内臓DAC機能、ボリューム調整機能、バスブースト機能、サウンドステージ変更機能(通常、スタジオ、サラウンドの三種)があります。詳細な仕様については公式参照

 

【特記事項】デザインについて このヘッドホンのデザインは、何とか褒められそうな要素は見た目位で他は壊滅的に駄目です。 まず、バスブーストも音量調整も電子ダイヤルで両方向ともにストップ無しなのにインジケータが無く、再生して音を聴いたり切り替えしない限り確認不能です。音場補正機能も同様にインジケータが無く、更にこちらはボタンを押すたびに順送りでループするタイプの為に余計にたちが悪いです。電源を切っても設定が記憶されるうえに、リセットする方法もないために一度設定が分からなくなったら音を聞いて自分で判断するしかありません。 ヘッドバンドの作りも素人が設計したのかと思うほどに変な造りで、頭頂部が殆ど横に水平でイヤパッドに近づくにつれてRが大きくなります。比較用に写真を撮りましたが、この構造の為ヘッドバンドを最小から最大まで伸ばしても殆ど横にしか伸びず、縦方向には全くと言っていいほど伸びてくれません(左がヘッドバンド最大、右が最小)。

そういった訳でヘッドバンドを伸ばさないと長さが足りない場合頭頂部が強く押し当てられてしまい、クッションもほとんどないのでまともに使うのは無理なレベルで痛いです。 そしてこの写真は、私があまりの装着感の悪さに辟易し、頭頂部の金属部分を強引に手で曲げRを作り、更にイヤパッドに近い部分のRを弱めた後のもので、初期状態はもっと酷いです。これにサードパーティー製のヘッドパッドを装着することでようやく実用に耐えるレベルになりましたが、それでも装着感は悪い部類です。 私は確かに頭が大きい方ではありますが、さりとてヘッドホンを使っていてヘッドバンドの長さが足りないという事はまずないので、極端に大きいというほどでもありません。ヘッドバンドが最短で使える人にとっては悪くないのでしょうが、伸ばす必要がある人にとっては悪夢のように装着感の悪いヘッドホンです。 また、そういった造りの為に側頭部とヘッドバンドとの間に大きな空間が出来、見た目が著しく悪いです。改造後に直径約6センチほどの球体状の物が通ったので、素の状態ならテニスボールが通るかもしれません(直径6.5センチ)。

 

【帯域バランス】 帯域バランスはフラットで、上下ともにかなり伸びますが、ハイエンドクラスと比べると流石に厳しいです。 ですが、少なくとも価格に見合った特性は持っていると思いますし、妙なへこみもなさそうなので健闘していると思います。

 

【音場】 音場は上下左右にはかなり広く、私が聴いてきた密閉型の中ではトップクラスですが、奥行きについては弱いです。 密閉型特有のこもりや閉塞感を感じさせるようなことも無く、非常に見晴らしがよく抜けの良い音を鳴らします。 定位については左右方向でのつながりが悪い部分があり、演出で左右に動く音源を鳴らすと不連続面が結構目立ちます。ですが気になるのはそこくらいで、殆どの場合では定位は明確でブレたりすることはありません。

 

【分解能】 音の分離についてはかなり高いレベルでこなします。 情報量についても結構細かいところまで拾い上げますし、楽器や演奏による音色の変化についてもかなりの所まで描写します。 総じて高い分解能を持っていると言えると思います。

 

【音色の描写】 低域は質・量ともに申し分ないレベルで鳴らしてくれます。ブーミーになったりすることもありません。 中域は特にへこんだりすることも無いですし、質感も高く中々魅力的な音を鳴らしてくれます。低域と合わせてあまり大きな脚色は無く、ソースの情報を拾い上げて丁寧に表現する傾向です。 高域はやや細めで繊細な傾向ですが結構色付けが強く、美音系に仕立てられています。その為に痛さなどは無く非常に聴き心地が良いのですが、ハイハットやシンバルの音などは再現性に劣ります。 全体的に輪郭は弱めの描写で滑らかな表現をしてくれる為に、聴き疲れはしにくい部類だと思います。 総合的に見てもバランスの取れたまとまりのある音で、メーカーがどのような音にしたかったのかが明確に分かる音です。基礎性能をしっかりと確保し、繊細さや上品さ、滑らかさ、解放感や見晴らしのよさからくる明るさ等が主なトーンだと思います。 低域や中域に比べ高域の色付けが強いので、この部分を好むかどうかで評価が分かれそうです(個人的には好きな部類)。

 

【各種機能について】 オートキャリブレーション:一度実行すると解除する方法が無いために厳密な比較が出来ないのですが、私の場合は劇的な変化はありませんでした。多少音が整理されたかな?と感じる程度です。その分音の劣化もほとんどないと思いますが、これは個人差があるでしょうから一概には言えないのかもしれません。個人的にはオン/オフ切り替えできるようにしてほしかったです。

 

バスブースト:補正量はそこそこありますが、他の帯域に与える影響が大きく、付帯音が増えたり歪み感も出てきます。増える低域も決して質の良い物ではなく、量は増えても密度が薄く実体感が希薄な音ですし、やや膨らみがちです。個人的には遊びでも使える機能ではありません。

 

サウンドステージ変更:こちらは補正してもあまり変化は大きくない割に、音の劣化は無視できないレベルである上、時折かなり不自然な音を鳴らす事があります。こちらも私は使える機能だとは思いませんでした。

 

ノイズキャンセリング:オフにすることが出来ないため、このヘッドホンを使うときは必ずオンになります。効果については喧噪や乗り物などでは試せていないのですが、室内で試す限りでは結構しっかりと効いてくれると感じます。

 

内臓DAC機能:DACの性能自体はそこまで悪くないようですが、如何せんボリュームの質が悪く、絞る量が多いほど明らかに音が劣化します。ヘッドホンアンプを使えばヘッドホン側のボリュームは全開でアンプ側で絞れるのですが、デジタル接続だとヘッドホン側のボリュームで調整せざるを得ません。この場合の音質は絞る量にもよるでしょうがかなり悪く、ヘッドホンアンプを使用してヘッドホン側のボリュームは全開の方が遥かに音が良いです。上記音質評価も、ヘッドホン側のボリュームを最大にし、ヘッドホンアンプ側で音量を調整した際の物です。

 

【その他】 ケーブルは着脱式ですがヘッドホン側が2.5㎜3極片出しで強度的に不安があります。また代替のケーブルを探すのも難しく、質も担保するとなれば自作するしかないでしょう。付属は3mの3.5mm、1.2mリモコン付きの3.5mmが2種(iOSAndroid用)、USBケーブルが付属します。 いずれのケーブルもかなり細く、USBケーブルも端子部分がむき出しだったりと決して質は高くありません。また、ヘッドホン側のUSBジャックはマイクロBの為に、現在では質の良いケーブルを探すのは苦労するでしょう。 ハードケースはヘッドホンを中に入れたまま充電可能なのが売りなのでしょうが、内部でも有線接続で無線充電対応な訳ではありません。ケース自体に高級感はありますが、非常に大きく(実測で250×230×100)重いため、旅行鞄ですら携行するのは躊躇するレベルです。かと言って自宅で使うにもかなり使い勝手が悪いため、実質的には使わない際の長期保管用くらいしか使い道はなさそうです。 そのほかの付属品は革のモバイルケース、6.3mmアダプタ、航空機アダプタ、LE(Limited Editiuon)だとモバイルバッテリーが付属します。

 

【まとめ】 ノイズキャンセリング機能を持ちながらフラッグシップクラスの音質を持つという、オンリーワンの魅力を持つ機種だと感じます。但し自身が持つ機能で音質を悪化させる要素も多く、良い音で聴くためにはある程度その傾向を掴まなければなりません。 個人的には、サウンドステージはスタンダード(補正無し)、バスブーストオフ、ヘッドホン側のボリュームを可能な限り最大で使うの三つを守ればかなり良い音で鳴らせると感じています。 また最初の特記事項でも書いた通りヘッドバンドの設計があまりに酷いため、人によっては装着不能だったり痛すぎで使うのが困難な場合も出てくるでしょう。これは自分で改造するしかないので、その辺りが不安な人は購入しない方が良いです(既にディスコンですが)。試聴が可能であればなるべく行った方が無難。 しかし音質に限って言えば、同価格帯のヘッドホンと勝負しても遜色のない音を鳴らせていると思います。もっとも上記の音を悪化させる要因が重なると、同価格帯どころかHD650等の5万円前後の機種にすら基礎クオリティが劣るレベルの音まで悪化します。 内臓DACを採用せず機能をノイズキャンセリングだけに絞れば本当に良い機種が出来たと思うので、そういう意味でも残念なヘッドホンだといえるかもしれません。 まあ当然それは、きちんと人の頭の形にあったヘッドバンドを設計することが前提ではありますが。