Kennerton Odin Thridi 簡易レビュー

 今回はKennertonのOdin Thridiの簡易レビューです。
 現在Wodanというヘッドホンが後継機だと思われ、Odin Thridiは既にディスコンです。また、この機種は日本に入って来たOdinの3代目の機種です(Odin Thridiは入ってきていない筈)。
 重さは初代よりも多少改善されましたがそれでも580gもあり、樹種や個体差で600gを超えます。


 以前書いたように、Odin Thridiは自宅の環境でじっくり聴くことが出来る機会に恵まれました。
 何故そんな機会があったかと言えば、Throrを購入した際に、送られてきた商品がOdin Thridiだったからです。嘘のような本当の話。しかも買ったのはKennertonのオフィシャルのオンラインショップです。
 先方には写真等を交えて状況を伝えたところ、相手方も何でそんなことになったのか分からずかなり驚いていたようですが、すんなり交換対応してくれる事になりました。
 そして、「お詫びと言っては何ですが、Throrが届くまではOdin Thridiで音楽を楽しんでください。出来れば、そのレビューも書いてくれると嬉しい。」との事だったので、その時にある程度聞き込んだわけです。
 今回の簡易レビューはその際に先方に送ったレビューのテキストが元となっています。

 と言っても、当時はDACがPrism Sound Lyra2で、手持ちのヘッドホンも同クラスの物はHE-1000(初代)のみ、アンプはマス工房model370CPがメインという状況でした。Lavry DA-N5もAudioValve Solarisも持っていない頃です。
 ですので、当時感じた事は現在の環境で比較すればまた違った内容となるでしょう。
 という訳であくまで簡易レビューという形で当時書いた内容を箇条書きで記し、必要であれば現在の自分としての意見を赤字の注釈で入れるという形にします。
 鳴らした環境は、Prism Sound Lyra2 > マス工房 model370CPです。

 

【Odin Thridiの簡易レビュー】

・低域の表現は素晴らしい。かなり質の高い表現。

・ボーカル及び中域の表現も秀逸。滑らかな音質で刺さるようなことは皆無(録音で意図的にそのようになっている場合を除く)。

・HE-1000と比べれば、中域は一歩前に出てくる印象。

・低域、広域の伸びともに非常に良い。ハイエンドとして申し分ない表現。
※Throrと比較しても僅かに上下ともに落ちる印象だったので、現状のハイエンドと比較すると分が悪いでしょう。あくまで当時の私の環境で出せる限界までは出せていたという事です。

・高域は質・量ともに十分。HE-1000と比べるとやや控えめに感じるが、どちらかというとHE-1000の方が脚色気味か。

サウンドステージはHE-1000と比べれば狭い。
※HE-1000比でなくとも、やはりこのクラスで言えば音場は明確に欠点となるでしょう。

・分解能は極めて高い。音の分離、細部の表現ともにハイレベル。

・音の厚みは十分あるし、迫力のある表現も上手い。

・HE-1000が広々とした空間や解放感を感じさせる表現とすれば、こちらは密度感のある表現。

・弦楽器については非常に良い。特にしなやかかつ安定感のある表現が魅力。そういう意味ではバイオリンよりもチェロの方が得意か。

・ボーカルについても非常に良い。しっかりと前に出てくるし、男声・女声ともに高い表現力を持っている。

・ギターに関してはもう少しカッティングの際のギターとピックが擦れる感触等の弦をはじく感じが欲しいが、それでも全体的なバランスで見れば悪くない。

・打楽器に関しては非常にうまい。音圧もあるし低域の表現も良く、実体感のある音になっている。

・特に情報量が素晴らしく、音源によっては素晴らしい再現度を誇る。

・低域の解像度と音色の描き分けが素晴らしく、ここまで表現出来るヘッドホンはそうそうない。

・打楽器の破裂音や、エレキギターのハイゲイン時の空気を切り裂くようなディストーションといった、音圧が重視されるような表現については随一といってもいいかもしれない。

・逆に音をつぶしてしまっている音源については容赦なくそれを暴いてしまう。

・重さについてはいかんともしがたい。公称580gだが実測で612gあった。これはおそらく使用している木材で変動するものと思われる。今回の物はゼブラウッド。

・全体での印象として、高い基礎性能をベースにしつつ、全体の表現よりも一つ一つの音にフォーカスを当てた表現に重きをおいている。勢い、ノリの良さ、熱さ、といった類の表現がとても得意なヘッドホン。ロックやパンクといったジャンルとは相性抜群

・Throrと比較した時、確かに基礎性能については若干Throrの方が良い物の、クラスが違う程とまでは感じない。また、Throrよりも強みを持っている部分もあり、セカンドベストのヘッドホンとはいえ、単純な上下関係ではなく特性が違うほぼ同クラスのクォリティを持っているヘッドホンだと言える。
※これについては、ケーブルの変更、DACの変更、アンプの変更等についてこれるかどうかが未確認なので、あくまで以前の環境ではという話です。Throrは環境を整え色々と試行錯誤を重ねることで応えてくれましたが、Odin Thridiにそれだけのポテンシャルがあるかどうかは分かりません。

Kennerton Throrレビュー その2 自作ケーブル

 自作ケーブルでの音は、基本的にノーマルとの比較という形で記載して行きます。

【帯域バランス】
 帯域バランスはほぼフラットです。
ノーマルの時に感じた高域・低域の伸びの「あと一歩」という感覚は、高域に関しては完全に払しょくされました。
 低域に関してはあと一歩が半歩に程度までは伸びましたが、この先に行けるかどうかは今の所未知数です。
 ですが、総じて同価格帯で比較しても全く遜色ないレベルには到達できていると感じています。

【音場】
 一番変化が大きかった項目です。
 音場自体は全方位に一回り広くなりましたが、それよりも音源にこれでもかという程に肉薄するような定位の変化に驚きました。
 どこかで見た表現を借りるならば、「演奏者がいるステージ頭を突っ込んで聞いている様」な定位の仕方です。
 私が聞いた範囲では、高価格帯になればなるほどある程度離れた位置から、全体を見渡せるような定位と音場展開が多いように思うので、この価格帯ではかなり特異な表現だと思います。
 ケーブル自体の支配力なのかThrorが元々持っている素養が引き出されたのかは今の所判断しかねますが、条件が揃えばこういう音でも鳴らせるヘッドホンである、という事は確かです。
 単純な向上というよりは、得た物は大きいですが失うものもあった(ある程度のトレードオフがある)、という感じでしょうか。

【分解能】
 音の分離に関してはオリジナルよりも多少良くなりましたが、そこまで大きな違いではありません(元々が大分よかったのもあります)。
 情報量は格段に増えており、特に音と音の間の空間をしっかりと描写出来るようになったことは特筆すべきでしょう。
 一つ一つの音の情報量も増えており、前述の音源に近づいたこととも相まって、より細部や細かな表現の違い等が見えやすくなっています。
 総合的に見て、こちらは殆どトレードオフなく、純粋な性能向上があったと言って良いと思います。


【音色の描写】
 こちらもノーマルよりも向上していますが、音源との距離が近づいた分見えやすくなった面もあるので、印象程は大きな違いでは無いかもしれません。
 アコースティックな楽器の向上も大きいのですが、それよりもエレキギターエレキベース、シンセ等の電子音の描写が非常に魅力的になりました。
 音楽のジャンルでいうと、テクノやハウス等と非常に高相性です(Fatboy SlimとかChemical Brothersとか)。
 また、ロックやメタル、ポップスとも相性が非常に良いです。
 全域において音の厚みやキレ等を更に上手く表現できるようになっており、これが電子音を上手く鳴らせるようになった主な要因だと考えています。
 低域については下方向への伸びが改善されたこと、厚みやキレの表現が上手くなったことがダイレクトに影響していて、元々良かった表現に更に磨きがかかっています。
 中域については音色の描写が上手くなった事よりも、音源に近づいたという定位の変化の方が大きく影響しているように感じます。
 特にボーカルについては、音源によっては歌い手と肌が触れそうだと感じる程に近づくので、逆に苦手に感じる人もいるかもしれません。
 高域に関しては恐らく一番改善幅が大きく、ノーマルだと悪くは無い物の他の帯域に押され控えめに感じがちだったものが、他の帯域に負けることない存在感のある音になっています。
 高域方向への伸びが改善されたこと、鮮やかさの表現がより上手くなったことが要因でしょう。線の太さはノーマルと変わらずやや太めの表現です。


【総評】
 海外で情報を探していた時によく見た表現が、「Ordin→Odin Thridi→Throrと進化していく中で、性能は上がってるし万能性も増したけど、Ordinにあった魅力は減ってしまったよね」というものでした。
 私はOdin初代は聴いた事は無い物の、Odin Thridiは自宅でThrorとじっくり比較試聴できる機会に恵まれました。まあこれは実際はトラブルが元なのですが、それについては書くとまた長くなるので、次回ThrorとOdin Thridiとの比較記事で詳しく書きます。
 話を戻してその経験があるので、何となく言いたいことは分かります。それは一つ一つの音の密度、躍動感、熱気、勢いといった類の表現が明らかにOrdin Thridiの方が優位だったからです。
 総合的な性能で見れば明らかにThrorが優位なのですが、この方面に性能を伸ばすなら他メーカーのハイエンド、例えばHifimanのHE-1000se、FinalのD-8000、あるいはFocal Utopiaで良いよね、となってしまいかねないのです。
 しかし、今回自作ケーブルで鳴らして感じた事は、「ThrorはOrdin Thridiの持っていた魅力をさらに伸ばす方向性の音にも出来る」という事です。
 一つのヘッドホンで完結させるならばノーマルの方向性が良いでしょうが、ある程度使い分け前提ならば私は断然自作ケーブルを使った方の音が好みです。
 何故ならばこちらの方がThrorでしか鳴らせない音、つまり個性がより強くあり、他に代えがたい魅力を持っていると思うからです。
 但しノーマルの鳴らし方を更に尖らせたような感じになっているので、得意なものはより得意に、苦手なものはより苦手になっている事は注意が必要です。

以上です。
 買うには個人輸入しかなく試聴もほぼ絶望的、おまけに使いこなしによっても音の変わる幅が大きい部類なので、普通に考えればまず選択肢に上らない機種でしょう。と言いますか、殆どの人は存在すら知らないかもしれません。
 ですが、今後の状況の変化によっては日本に入って来る可能性も有りますし、何よりヘッドホンのハイエンド界隈は何とも静まり返っているように見える現在、kennertonはもしかすると一番精力的に製品開発・リリースをしている会社かもしれません。
 そういった訳で、Kennertonの事が気になっている人も多少はいるかもしれませんので、本記事がお役に立てれば幸いです。

Kennerton Throrレビュー その1 ノーマルケーブル

  今回はKennertonというロシアのメーカーの、フラッグシップであるThrorのレビューです。

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Kennerton Thror

 

 Kennertonは以前にOdinの初代とValiという機種が入ってきて以降、一切新機種が日本に入ってこなくなったメーカーです。
 ですがそれは日本に入ってこなくなっただけで製品開発は精力的に続けており、海外では(というか購入できる地域では)定評を得ているメーカーです。
 私がこれを購入したきっかけはまあ色々とあるのですが、一番の理由は「面白そうだったから」です。B級品で3割引きの物を見つけたというのもありますが。
 購入は結構前だったのですが、中々その真価を見極めることが出来ず2年以上経ってしまいました。最近ようやくある程度納得できる音で鳴らせたので、レビューを書ける状態になりました。

 まず本製品は、試用するケーブルと鳴らす環境で音が大きく変わります。
 また、その変化は変えた分だけ変化するというよりは、ある程度手を入れてもあまり変化が無い物の、一定のラインを超えると化けるという閾値のような物があると感じます。実際、ノーマルからCardas Clear Lightに変更しても、多少の改善がある程度でそこまで大きな変化は無かったです。
 購入してから長い事レビューを書けていなかったのも、その辺りに理由が有ります。
 ですので、まずは純正ケーブルを使用した状態の音について書き、次いで変更後の環境での音を記載したいと思います。
 なお、使用した自作ケーブルは、台湾製の空気絶縁ケーブル(12芯)にDH Labsの4pin mini XLR×2と3pin XLR×2で製作したものです。
 以下に製品へのリンクを貼っておきます。また、ケーブルの方はebayに出品されているものですが、最近DH Labsのコネクター類があまりebayで買えなくなってきているので、Audiohobby.euのサイトの方にリンクを張っておきます。

 

台湾製空気絶縁12芯ケーブル

DH Labs 4pin mini XLR Connector

DH Labs 3pin XLR Connector

 

 鳴らした環境は双方で結果が良かった、PC > Prism Sound Lyra2(DDCとして) > Lavry DA-N5 > Audiovalve Solarisです。

 

【共通仕様、装着感、備考等】
 ビルドクオリティは結構高く、少なくともHifimanやMr Speakersよりは明らかに高いです。しかし、Focal Utopiaのようなトップクラスと比べると厳然とした差がある、という感じでしょうか。
 定価を考えれば、値段に見合ったビルドクォリティとまでは言えないかもしれませんが、明らかに低いとまでは言えないという塩梅です。

 ヘッドバンドの長さ調整機構は恐らくKennerton位しか採用していない機構で、手回しでネジを緩めてスライドし、止めたいところでネジを締めて固定というタイプ(左右両方にあり)です。
 理論上は最も精密に調整できる機構でしょうが、調整の仕方に慣れるのに多少コツが要り、また非常に面倒くさい機構でも有ります。一度しっかりと調整しネジを固めに締め込めば殆どずれる心配は要らないので、そういう意味では合理的なのかもしれません。

 装着感に関しては側圧はかなり強いです。少なくとも、一時側圧の強さへの不満が散見されたHD660Sよりは確実に強いです。
 ですが、これは装着時のずれにくさを重視しているとも言え、音質的な面から見れば良い面もあります。イヤーパッドは肉厚でクッション性も良好なので、痛いという程では無いです。
 もっとも、私がある程度側圧が強い方を好むという事は割り引いて考えるべきかもしれません。
 頭頂部はシンプルな造りですがある程度圧力は分散されていて、快適という程では無いですが痛くなるようなことは有りません。
 総じて装着感はやや悪い~普通程度だと言えるでしょう。

 

【帯域バランス】
 帯域バランスはほぼフラットですが、厳しいことを言えば若干かまぼこ気味。
 絶対値で見れば低域への伸び、高域への伸びともに申し分ない物は持っているとは思いますが、あと一息の所が抜けきりません。
 特に同価格帯(40万円前後)の機種の中で競うにはやや分が悪いでしょう。流石に下のクラスに基礎性能が劣るという程では有りませんが。

 

【音場】
 音場はあまり広くありません。ハイエンド帯では恐らく最も狭い部類に属するでしょう。海外のレビューを見ても、音場の広さを弱点に上げている人は多かったです。
 定位は明瞭で、この点については不満は有りません。
 また、狭くはあるものの立体感や奥行きもある程度感じられるので、二次元的な表現では有りません。

 

【分解能】
 音の分離に関しては、素晴らしい物を持っています。
 特に低域の分離に関しては、同クラス帯の中でも秀でている方だと言ってよいと思います。
 細部の描写についてもかなり得意で、一つ一つの音の情報量はとても多いです。
 総じて、分解能については非常に優れたものを持っていると言えるでしょう。

 

【音色の描写】
 恐らくThrorを語るうえで一番外せない項目であり、最も得意とするところです。
 全体的な傾向として、繊細な描写も苦手という訳ではありませんが、力強さを表現する方が得意だと言えます。
 低域は最低域への伸びこそトップクラスには及ばないものの、しまりのある非常に質の良い音を鳴らします。
 音の厚みもしっかりと表現できますし、迫力ある音の表現なども素晴らしく、非常に魅力的な鳴らし方をしてくれます。
 中域、特にボーカルについては明確に一歩前に出てくれる鳴らし方で、J-popに限らずボーカルメインの曲とはとても相性が良いです。
 こちらも傾向としては、どちらかと言えば力強さのある声を得意としますが、全般的に得意だと言って良いでしょう。
 高域については線はやや太めの表現です。特筆すべき長所は無い物の、さりとて弱点と言えるほど劣っているわけではなく、同価格帯で求められる性能はしっかりと抑えていると言えます。
 しかし、低域、中域の良さに押されて若干控えめに感じがちではあるので、その点で惜しいと言えます。

【総評】
 サウンドの全体像を描く事よりも、一つ一つの音をしっかりと描くことに主眼を置いた機種だと言えます。
 その為、特にクラシックのオーケストラのように大編成な音源には相性が悪いと言わざるを得ません。逆に、小編成の物や独奏等ではジャンルに限らずその本領が発揮されます。
 また、小編成と言っても一般的なポップスやロック等で大半の物は問題ありません。

思い出話 Grace Design m902について ~その2~

 因みにこの流れで言えば、しばらくはHPAの駆動力についてはそこまで注目されていない時期が続いていたように思います。
 海外ではDARK STARというRay Samuels Audioの駆動力の高いHPAなどもありましたが、むしろ駆動力が高すぎて扱いにくい、という評価すらあった程です。
 日本では個人輸入しなければならないというハードルの高さもあり、やはりそこまで一般的ではなかったですし、他の駆動力を謳う機種でも今と比べればそこまで駆動力が高かったわけではない事が殆どでした。
 状況が変わったのは平面駆動型の台頭、それも40万円前後やそれを超える価格というそれまでのハイエンドの価格帯(15~20万円程度)を突き抜けた機種であるHE1000の登場が一つのきっかけだったと言えると思います。
 すなわち40万円前後あるいは40万円超のクラスの形成、しかもそこで評価されたのがHE1000という平面駆動型だったために、他の会社も相次いで平面駆動型でそのクラスに参入しました。また、後にダイナミック型や静電型でもこの価格帯の機種が増えていき、この辺りのクラスが完全に定着した感があります。
 HE1000よりもかなり前にUltrasoneのEdition7という40万円越えのヘッドホンは有りましたが限定生産品でしたし、限定で無い機種としてもStax SR-009という40万円近い静電型のヘッドホンは既に発売されていましたが、静電型自体がその時は実質作っているのがSTAXのみで、それらはあくまで特殊な機種(例外)として受け止められていた感があります。
 そのため、どちらもクラスを形成する程の影響力は発揮しきれなかったと言ってよいと思います。

 

 平面駆動型は最近でこそ多少改善されましたが、登場したての頃はかなり能率が低い機種が多く、先にあげたHE-6はその際たるものです。
 一応平面駆動型としてかなり前からFostexのTH-50RPがありましたが、これは一部で非常にコアなファンがおり独自のカスタム品が出回ったりしてはいたものの、ヘッドホン界隈全体への影響は殆どありませんでした。
 それがHifimanやAudeze等の登場で平面駆動型がにわかに注目を浴び、HE-6、HE-560、LCD-2やLCD-3等は音質的にも高く評価され、ちょっと特殊な駆動方式という認識からヘッドホンの主要な駆動方式の一つへと認識が変わっていきました。
 それまでは大別してダイナミック型、静電型の2種類だったものが、ダイナミック型、静電型、平面駆動型(プレーナーマグネット型)の3種になったわけですね。
 また、HifimanやAudeze以外にも平面駆動型を出すメーカーが増えていきました。
 そしてそういった流れの中でHifimanがHE1000を出し、またその音質が極めて高く評価され受け入れられたために、一気に市場が動いたように思います。

 

 このように状況が変化したために、必然的にハイエンドクラスのHPAに求められる性能が変わりました(なお、ここでは静電型のHPAについては、特殊な機種を除いてダイナミック型と平面駆動型に互換性が無いために割愛します)。
 つまり、HPAとして性能を誇示するためには、これら40万円クラスに属する平面駆動型のヘッドホンを良い音で駆動することが必須条件となったのです。
 特にHE1000が出たあたりからしばらくは、そのクラスは平面駆動型の独擅場と言っても過言ではない状況だったのでなおさらです。現在はダイナミック型も増えたために当初よりは比率は下がっていますが、それでもなおこのクラスでは一番大きな存在感がある形式でしょう。
 それらはどの機種もお世辞にも能率が高いとは言えず、SUSVARAというHE-6と同程度の能率しかないハイエンド機種が登場したりしたので、極めて高い駆動力が求められることになったわけです。
 しかも単に音量が取れないというだけではなく、良い音で鳴らすこともまた難しい機種ばかりだったので、音量が取れれば良いというわけではない事もはっきりと認識されていったように思います。
 それまでにもHE-6やLCD-3等のハイクラスの平面駆動型の登場により、HPAにはもっと駆動力が必要ではないかと考えられ始めていた時期でしたから、とても駆動力が高いHPAも登場し始めてはいました。
 ですが、この40万円超のクラスの形成とそのクラスに属する平面駆動型ヘッドホンの出現により、それまで駆動力の高さはHPAの売りの一つであったのに対し、ハイエンドクラスHPAにとっては備えるべき必須の能力となったと言えるでしょう。
 こういった流れがあって、ヘッドホンアンプは駆動力が大切と言う事が共通認識となり、全体的なレベルアップにつながって行ったのだと私は認識しています。

 

 この変化、つまり全体的に駆動力に関する能力が大幅に上がったために、m902の後継機であるm903やm920、m904の後継機であるm905の存在感は相対的に下がったのだろうと思います。
 私は後継機はどれも試聴したことは無いのですが、スペックを見る限りかなり大幅な性能向上をしていますし、作っているのがGrace Designですからまず間違いない音質は持っているでしょう。
 ですが、以前と比べm920やm905の音質優位性が突出していない事、またコンシューマでHPAの選択肢が大幅に増えた事などが理由で、業務用機器であるそれらは一般のユーザーの中では存在感が薄れていったのでしょう。
 まあ、それでも業務用機器の中では未だに高い評価を得ていますし、m905はCrane SongのAvocetⅡとともに双璧をなす鉄板の高品質モニターコントローラとして存在しているので、本来の立ち位置に戻っただけ、というだけな気がしますが。
 私自身としましても、確かに良い選択肢の一つであるとは思いますが、今敢えてこれでなければならない、という理由も薄まっているとは思います。
 しかし、m902やm904、そしてそれを作っていたGrace Designは、ヘッドホンオーディオが流行りだした頃に重要な役割を担い、ハイクオリティな領域を提供してくれた機種あるいはメーカーとして、意義深い存在だったと思うのです。

思い出話 Grace Design m902について ~その1~

 ヘッドホンがブームになり、現在ではヘッドホンにしろヘッドホンアンプにしろ様々な機種があるわけですが。今回はブーム初期に非常に評価の高かったGrace Design m902について話してみたいと思います。
 と言いましても、実は私はm902は所有したことが無く、所有したことがあるのはm904です(これは現在も所有)。
 この2機種はヘッドホンアンプ部の回路は完全に同じだと言われていますが、機器として構成が違うので全体的には電源部も異なっているでしょうし、筐体も大きく違うので全く同じ音であるとは言えないと思います。
 ですがまあ、それでもメインの回路が同じである以上似通った音質になっていると思いますし、当時の一般的な評価を考えてもそう判断して大丈夫だと思います。

 当時m902は約20万円程度であり、そもそもヘッドホンアンプを使うという事がまだまだ一般的ではなく、ハイクラスのHPAしかも単機能の機種が10万円前後が主流という状況でしたから、他とは一線を画する高価な機種でした。
 更に業務用機器でありピュアオーディオ的にはあまり知られてないメーカーであった事、DAC複合のヘッドホンアンプがまだ一般的でなかった事、USBDAC自体もまだ殆ど無かったこと、そもそもヘッドホンオーディオ界隈で単体DACを使う人は希少だった事などを考えれば、あそこまで注目されるのは本当に異例なことだったと思います。
 裏返せば、いくつかの偶然が重なった事もあるとは思いますが、それだけ異例な機種であったとしても、なお人を惹きつける程の音質を誇っていたという事でもあると思います。

 

 その理由は何かと言う事を考えた時に、その答えはいくつもあるでしょう。
 業務用機器として作られていたために脚色や色付けを殆ど行わない機種であり、中庸な音として多くの人に受け入れられやすかった事。
 音楽をモニターする為に考えられた音質であった為に、分解能に優れ性能の高さを分かりやすく体感できたこと。
 価格性能比がよりシビアに判断される業務用機器、それも高級ラインであった為に、当時の20万円クラスの機器として非常に高い実力があった事。
 極めて実用的かつ操作性に優れたデザインで、元々持っている機能の多さと相まって、音質だけでなく使い勝手にも優れていた事。

 そういった諸々の理由は有りますが、それに加えて私は「非常に駆動力が高かった事」が大きな要因の一つだと考えています。
 どういうことかと言いますとまあその言葉の通りなのですが、この機種は本当に駆動力が高いのです。それは低能率のヘッドホンでもしっかりと音量を取れるという意味でもそうですし、駆動が難しいヘッドホンをしっかりとドライブ出来るという意味でもそうです。
 どれくらい高いかと言うと、「Hifiman HE-6でも普通に駆動出来る」と言えば分かる人も多いのではないでしょうか。

 HE-6は本当に能率が低く、生半可なヘッドホンアンプではそもそも満足な音量を取れませんし、しっかりとドライブするのも難しい機種です。
 m902よりもかなり後に発売された、駆動力を売りにした30万円超の単体ヘッドホンアンプですら、HE-6を試聴に持ち込むと嫌な顔をされたというエピソードがあった位です。
 因みに言えば、私の所有機種だとマス工房のmodel370CPでも音源によっては音量が足りなくなる程で、人によっては「悪夢のように難しい」までと言わしめた事も納得です。
 私はHE-6も所有しているのですが、実際にm904で駆動して殆ど不満を覚えた事は有りませんし、録音レベルが低い音源でも音量が足りないと思った事もありません。もちろん、ここまで駆動が難しいヘッドホンでも鳴らせるのですから、他のヘッドホンを繋いでも充分に楽しめたのは言うまでもありません。

 m902やm904は現代のヘッドホンアンプと比較すればやはり基礎性能では厳しくなっている部分もありますが、それでも癖のない音質や高い分解能等は一定の評価を得られるレベルだと思いますし、駆動力に関しては未だに上位クラスに属していると思っています。
 こういった特性があるので、当時どんな人がどんな機種を繋いでも、常に安定して駆動してくれていたのでしょう。
 確かに別格レベルに高価な機種では有りましたが、この駆動力でどんなヘッドホンでもしっかり鳴らして見せたからこそ、多くの人に評価されまた最高のヘッドホンアンプとして定着したのでしょう。

HD650 DMaaとHD660Sの比較

 今回は私が所有しているHD650 DMaaとHD660 Sの比較をしようという、非常にニッチな企画です。

 そもそもHD650 DMaaとは何ぞやという話ですが、一時期話題となったHD650のカスタム品です。
 DMaaというのがカスタムを請け負う工房の名前の頭文字で、ハウジングの共振をコントロール(主に抑える方向性)することでチューニングしていたようです。
 以前はYahooオークション上で普通にチューニングサービスが出品されており、HD650所有者なら誰でも申し込むことが出来たのですが、現在は出品されていない事に加えて件の工房との連絡すら取れなくなっているようです。
 その為か、HD650DMaaカスタムは中古市場では高めの価格で取引きされています。
 今回はHD650 DMaaとHD650の後継機種であるHD660Sを比較することで、HD650 DMaaが現在どのような立ち位置にあるのかを私の視点から述べたいと思います。
 なお私のHD650は2006年初頭に購入したもので、これがGolden Eraと呼ばれる最も音が良い時期とされている物なのかは知りません。
 あくまで、2014年のマイナーチェンジ以前のモデル、と捉えてもらえればと思います。

 なお、両者を鳴らしている環境は、PC > Prism Sound Lyra2 > Lavry DA-N5 > XI Audio Formula Sです。両者をなるべく同じ環境で比較するために、ケーブルはどちらにもHD660Sの純正を使用しています。

 

【帯域バランス】
 帯域バランスはHD650 DMaaはやや低域寄り、HD660 Sはほぼフラット。低域、高域への伸びは同程度です。
 低域の量感はHD650 DMaaの方が多く、高域の量感はHD660 Sのほうが多いです。中域については同程度です。

 

【音場】
 音場は明らかにHD660 Sの方が左右に広いです。上下や奥行きについては概ね同程度ですが、若干HD660 Sの方が良いでしょうか。
 定位の明確さについては両方ともほぼ違いは有りません。

 

【分解能】
 音の分離に関しては、若干HD660 Sの方が良いです。基礎性能としてはあまり変わらないように感じますが、後述する音の輪郭の関係でHD660 Sの方が聞き分けやすいです。
 情報量については僅かにHD650 DMaaの方が多いように感じますが誤差レベルだと思います。
 音の輪郭についてはHD650 DMaaはあまり強く描写しませんが、HD660 Sはかなりくっきりと描写します。
 個人的にはこの輪郭が両者を比べた上で最大の違いだと感じました。
 総じて、分解能についてはほぼ互角と言えるレベルです。

 

【音色の描写】
 音色の描写に関しては、各帯域で違いはあるもののトータルで見ればほぼ同レベルかなと思います。
 低域の質感に関しては明らかにHD660 Sの方が進歩しており、量感こそ少ないものの実体感の点で優位です。
 中域に関してはほぼ互角~HD650 DMaaがやや優位だと思いますが、それ以外にも若干の傾向の違いが出てくる印象です。
 あえて言うなら、落ち着きのある音色がHD650 DMaa、やや派手な描写をするのがHD660 Sという感じでしょうか。さらに言えば、HD660 Sは前述の輪郭の強調が若干不自然さにつながっているように感じます。
 また、クリアネスを重視した代償なのか、HD660 Sの方に若干の情報の欠落があるように感じますが、大きな差ではありません。
 高域の質感についてもほぼ互角ですが、量感ではHD660 Sの方が多いです。

 

【総評】
 基本的には両者とも似た音を出す機種だと思います。HD650無印からの変化としては、両者ともに同傾向となる変化です。すなわち低域の質の改善、音場の改善、分解能の向上、音の曇りあるいは濁りの改善等です。
 ですが、実際に聴き比べて見るとやはり違う傾向があり、その中でも特に大きな違いと感じたのは、輪郭の描写の違い、低域の質感の違いです。
 HD650比でいえば、元々のキャラクターを残しつつも最大限音質を改善しようとしたのがHD650 DMaa、キャラクターの変更を厭わずに欠点を潰したのがHD660 Sという感じでしょうか。
 HD660 Sは一つ一つの変化はそこまで劇的ではないのですが、それら変化が積み重なった結果としてトータルで受ける印象は結構変わります。
 但しこれらはあくまでHD650とその後継機という機種の括りで比較すればと言う話であって、他のヘッドホンも含めて考えれば先にも述べた通りよく似た音を出す機種と言える範疇だと思われます。

 では最終的に、個人的な見解としてHD650 DMaaを今から中古で買う価値はあるか?という話と、加えてHD660 Sについても述べたいと思います。

 まず、以前のHD650の音質傾向が好きで、なるべくこのキャラクターは崩さないまま欠点を改善したいと考えるならばその価値はあるでしょう。
 但し、その価格はHD650の中古相場のせいぜい2割増し位までが適正な範囲で、それ以上の価格差となると割高だと言って良いと思います。
  Golden Era MeisterKlasse DMaaについては聴いたことが無いのでその価値は判断できません。
 私の意見としては、HD650 DMaaは極端なプレミア価格を受入れてでも買うべき機種かと問われればノーです。
 HD650がフラッグシップとして君臨し名実ともにトップレベルの機種であった時期ならばともかく、現状ではより音質を進歩させた機種も多く販売されているのですから態々これに拘る必要はありません。

 次にHD660 Sについてですが、HD650の音があまり好きではない、あるいは不満が大きくその欠点を改善したモデルが欲しい、という方には向いているでしょう。
 逆にHD650を好きだった人は、一度試聴してみてそのキャラクターが受け入れられるかを確かめた方が良いと思います。
 特に輪郭の描写の差から受ける印象の違いは、人によってはかなり差を感じる可能性があります。

 

 そして、より私個人の印象論に偏ってしまうのですが敢えて書いておきたい事として。
 HD650やHD650 DMaaは現在のトップレベルのフラッグシップの機種(例えばFocal UtopiaやFinal D8000等)と比べれば、基礎性能の差は歴然としてあります。
 ですがそれでもフラッグシップに通じる音質であり、現状では力不足なものの確かに当時はフラッグシップだったのだな、と感じる音質です。
 一方でHD660 Sは名実ともにミドルクラスとして再定義された音であり、その延長線上にフラッグシップがあるとは言えない音質だと感じています。
 両方を聴き比べてみれば一つ一つの差はそこまで大きくありませんし、全体としての差も大きな差では無い、むしろHD660 Sの方が基礎性能は高い部分もあるはずなのですが、私はその印象がぬぐいがたく残ります。

 私がそう感じる一番の理由は音楽を鳴らしていて余裕があるかどうか、という点だと考えています。
 この余裕という要素は一体何が作用しているのかという事は、未だ具体的には分かっていないのですが、DACならPrism Sound Lyra2には無くLavry DA-N5にある要素であり、プリアンプで言えばGrace Design M904には無くてCHORD Indigoにはある要素です。
 単純にHD650がゆったりとした(あるいはまったりとした)音質なだけではないか、と思う方もいるかもしれませんがそれとも違う要素です。と言いますか、HD650もDMaaもしっかりと駆動できていれば、巷でいわれているほど緩い音は鳴らさないです。
 話を戻して、何と言いますかHD660Sはとても頑張って音を出しているというか、必死感が端々に感じられてしまうのです。
 また、HD660Sが基礎性能よりも第一印象重視のような、一聴したときの印象が良くなるような音質(悪く言えばはったり気味の音質)だと感じられてしまうのも、要因の一つかもしれません。ここは、特に輪郭の強調が悪い影響を及ぼしているように感じます。

 なお余談ですが、某所で「HD650は何とか高級機としてデザインを頑張った努力が認められるが、HD660Sは取り合えずブラックにしておけば良いだろうという風に投げやり感がある」という意見を見てびっくりしました。
 HD650は発売された当初から、とてもこれが4万5千円(並行品の価格が当時それくらいだった)とは思えない程安っぽい、というのが概ね共通認識だったように思います。
 音質追及に全振り、デザイン性なんてどこ吹く風、という感じで、当時もう少し低価格帯で人気だった同社のHD25-1共々、その外観について散々揶揄されていたものです。
 ですので、HD650やDMaaを探す際は、HD660Sよりも高級感があるなどとは間違っても期待しない方が良いです。
 私自身の感想は、好みの差はあるにしろどっちもどっちで同じように安っぽく、デザインを気にする人は最初から選択肢に入れてはいけないレベル、という感想です。

Focal Utopiaレビュー

 新たな職場の繁忙期だったために時間が空きましたが、ぼちぼち更新を再開していきたいと思います。今回はFocalの開放型・ダイナミック型ヘッドホンである、Utopiaのレビューです。
 ダイナミック型においては殆どの人が最高峰である事に同意すると思いますし、あらゆる方式を含めた上でも間違いなく最上位クラスに位置するヘッドホンだと思います。
これについて今回はレビューしていきたいと思います。

 

【特記事項】
 このヘッドホンは、多くの平面駆動型のように大きな駆動力が必要なヘッドホンと言うわけでは有りませんが、一方で上流を含めたシステム全体の音に左右されやすい機種でもあります。
 言い換えれば、Utopiaから聞こえる音はトータルシステムとしての音が色濃く反映される、と言ってもいいかもしれません。
 また、駆動力だけでは駄目で制動力も必要とする面もあるように思いますので、ヘッドホンアンプ自体にも総合力が求められると言えそうです。
 
 こういった特性を持っている為、本レビューはUtopia固有の音と言うよりかは、Utopiaはこういう風にも鳴らすことが出来る、と捉えてもらった方が良い気がしています。しかしその中でもやはりいくつかの特徴は見て取れますので、参考にしていただければ幸いです。
 今回は、PC>Prism Sound Lyra2(DDCとして)>Lavry DA-N5> XI Audio Formula Sで鳴らしています。

【帯域バランス】
 帯域バランスはフラットです。鳴らし始めは高域にやや癖のようなものが感じられましたが、エージングでほぼ解消されました。
 低域への伸び、高域への伸びはいずれとも現在あるヘッドホンの中で最高レベルだと言っていいでしょう。
 また、単に伸びるだけではなくそこに無理を全くと言っていいほど感じず、常に余裕を失いません。

【音場】
 音場は非常に広いですが、HE-1000 seやVOCE等の広大なヘッドホンと比べるとやや分が悪いです。ですが、左右への広がり、立体感、奥行き等全ての要素で非常に高水準で、バランスよくまとまっています。
 定位の明確さは素晴らしく良いです。私が聞いてきた中でベストの1つです。

【分解能】
 音の分離に関しては、私が聞いてきた中で最も高いレベルにあります。
 情報量も非常に多く、一音一音の掘り下げに関しても非常に高いレベルでこなします。
 音の輪郭の描き方についてはダイナミック型の中ではあまり強くない方だと思いますが、静電型と比較すると流石にある程度はっきりと描く方だと感じます。ですがこの特徴は長所ともなり得るので、一長一短でしょう。
 総じて、分解能については最高峰の一つと言ってよいと思います。

【音色の描写】
 音色の描写に関しても非常に高いレベルにあると思います。但し、何か特定の楽器が得意と言う事ではなく、満遍なく高水準である印象です。
 ですので、特定のジャンルあるいは楽器が得意なヘッドホンには一歩譲る事もあるでしょうが、総合的な性能で見てUtopiaを上回る事は非常に難しいでしょう。

【まとめ】
 あらゆる要素が非常に高水準にまとまっていて、平均以上の録音がされている音源なら、何を持ってきても90点以上の結果を返す、というのが私の印象です。
 ですので、何か得意なジャンルというのは無くオールラウンダーだと思っているのですが、あえて言うなら逆説的に「楽曲内で多様な能力を求められる曲」が得意となるでしょう。
 また、要素として同時に成立させにくい要素を成立させる能力が高いとも考えています。私の手持ちの音源からこれが必要な例を挙げると、ヨルシカの楽曲がそれに当てはまります。
 ヨルシカの楽曲はサウンドとしてはキレの良さや力強さを求められる事が多い一方で、ボーカルの声質としてはキレや力強さと言うよりは艶っぽさ、適度なやわらかさ、透明感を求められると思っています。
 ですがこれらを両立させるのは意外と簡単ではなく、それはハイエンド帯のヘッドホンですら同じです。
 所有機種だと例えばVOCEならボーカルの質は文句なしですがそれ以外のサウンドと相性が悪くアンバランスな感が否めませんし、HE-1000 seではバランスはよくなりますがバックサウンドのキレがやや足りません。
 Throrはキレの良さは良いのですが、ボーカルの表現もそちらに引っ張られてしまいます。
 ですが、Utopiaだとバックサウンドのキレや力強さをしっかりと表現しながら、ボーカルも非常に魅力的に表現してくれます。
 おそらくUtopiaがそのような表現が上手くできるのは、固有の色を極力排除し、音源に可能な限り忠実に再現しようとするからだと考えています。因みにこの音源に忠実というのは原音という事ではなく、制作者が意図した音という意味です。
 もちろんこのような表現は、音源がそのように録音・ミックス・マスタリングされている事が前提ではありますが。

 一方で、良くも悪くも音源をそのまま鳴らしてしまうので、録音状態が悪い物には全く容赦がありません。
 一例を挙げると、低音の処理が悪くブーミーな録音なら、そのままブーミーな低音を鳴らす、という具合です。
 その為に、試聴時などは予め多種の音源、しかもどのような音を鳴らすのかをしっかり把握しているものを用意しないと、音質について見誤る可能性が高くなると思います。
 また、先述の通り鳴らすシステム自体でもかなり音が変わりそうですので、そういった意味でも試聴が難しいヘッドホンだと言えるかもしれません。

 こういった面は有りますが、やはりその基礎性能の高さは素晴らしく、総合的な性能で見れば間違いなく最高峰の一つでしょう。
 現在私は未知の音源を聞くときはまずはUtopiaで鳴らし、その後にどのヘッドホンで鳴らせば良いかを決める、というスタイルになっています。
 もっとも、結局Utopiaが最適解になることが非常に多いので、判断後の使用率においても現在最も出番が多いヘッドホンとなっています。
 非常に高価な機種ではありますが、その価格に恥じない堂々としたフラッグシップであると言えるでしょう。